理科の自由研究:本当に押さえるべきポイントはここだ!
今年も夏休みが来ましたね。
そしてまた言ってますね。
「自由研究で何をやったらいいかわかりません」
それ、そろそろ卒業しませんか?
今年くらいは、しっかりと成長を実感できる自由研究やりませんか?
私は学校の先生です。
先生が話す「現場の声」にちょこっと耳を傾け、
その場のごまかしでない本当の勉強にチャレンジしてみませんか?
少し長い文ですが、損はしないと思いますよ。
皆さんに知ってほしいことは、次の3つ。
1,自由研究という宿題は何のためにあるのか
2,アイデアは自分の力で考える。でも取材ならOK。
3,良いテーマとは「気になること=解決したい悩み」なのです。
では、いきます。
1,まずは、宿題が何のためにあるのかを知ろう ~ 自由研究の意味
いきなりですが、
あなたは、「夏休み」が何のためにあるのか考えたことありますか?
…あんまりない、ですよね。
答えの一つは「自律」のためです。
自律、つまり時間割やチャイムが無くても、先生に注意されなくても、
自分から規則正しく生活し、計画通りに勉強する…夏休みはそういう訓練の場なのです。
だって、みんないつかは卒業するし、卒業したら全部自分でやらなくちゃいけないでしょ。
学校でやってることには子供が大人になる上で身につけてほしいいろんな事を訓練するため
一つ一つにちゃんと意味があるのです。
「学校の勉強なんて役に立たない」なんてエラそうに言ってる人がいるけど、
もともと子供好きな人が多い(たぶん)先生たちが、
役に立たないことを意味もなく子供に押しつけると思いますか?
勉強と意外にもイメージが近いものでは、最近になってリメイクされた『ベストキッド』という
格闘技の映画があります(リメイク版の方はまだ見てませんが)
その中で、主人公の少年は、師匠から一見すると何の意味もないような
家事の手伝いみたいなことを次々やらされる…
でも実は、そこでくりかえしてた動作が拳法の上達に必要な訓練になってて…という
シーンがあります。
学校の勉強もそんな感じです。
たとえば、小学校だと漢字を書くときには、やたらと書き順を注意するんだけど
書き順って一見無意味そうだけど、あれは、同じ書き順(=決まった動作)をくりかえすことで
手が字を書く動きを覚える…つまり字を忘れにくくするという効果があるのです。
「読めれば書き順なんてどうでもいいじゃん」ていう人。確かに、そうとも言えます。
…いつまでたっても漢字が覚えられないままでいいならね。
そんなわけで、
多くの人に嫌がられている自由研究にだって、ちゃんと意味があります。
その意味とは
自分で決めた課題(テーマ)を自分で解決する ということ。
大人になったら、何をするかだって全部自分で決めなくちゃいけない。
・どうやって稼ぐのか
・どんな場所に住むのか
・好きな人をどうやって自分に振り向かせるか
・周りの人とどうやって関わっていくか
・未来をどんな世の中にしたいのか
こういうことは、自分にしか決められない。
他人に代わりに決めてもらうことはできない。
しかも困ったことに、テストや問題集みたいに決まった答えがあるわけでもない。
こういうことっていうのは、大人にとっても超難問なのです。
その前に、もう少し簡単な課題で練習しておく必要がある。
それが「自由研究」 自律が目的の夏休みですから、内容だって先生に言われたことばかりじゃダメなのです。
たくさんの人たちが質問します。
「自由研究どうしたらいいですか」「何をやったらいいかわかりません」
そりゃそうでしょう。答えなんて無いですから。
でも、つらくても自分で決めてください。
「自分で決める」ということが何より大事なのです。
とはいっても、自分の将来を決めるよりは、はるかに簡単でしょ。
(一応、後の方でヒントくらいは示すつもりなので、よかったら最後まで読んでください)
2,テーマだけは自分で決めなきゃダメ ~ 「何をしたらいいですか?」は禁句です
自由研究が
自分で決めた課題(テーマ)を自分で解決する練習 なのだということがわかったところで
言っておきたいことがあります。
「何をしたらいいか」という質問は、今後してはいけない。
だって、それを人から教えてもらったら、自分の課題じゃなくなってしまうでしょ。
宿題としての価値ゼロです。テストだったら0点。
出来ばえのことは心配しなくても大丈夫。
先生たちは自由研究の宿題をチェックするとき、
・自分自身で考え、決めた課題(テーマ)か
・自分のアイデアで解決しているか
ということをいちばん詳しくチェックするから。
(他の教科では違うかもしれないけど、理科ではだいたいそう)
逆に、自由研究のヒント集みたいなものに出ていた実験をそのままマネして
まとめもそのまま丸写ししたって、それがどんなに立派に見えても高い評価は得られない
(ていうか、そもそも先生にほめてもらうための物じゃないんだよ、宿題というのは)
特にわざわざ理科の先生なんかになる人っていうのは、もともとそういうのが好きな人が多いから
自由研究の本なんて片っ端からチェックしてたりします。
そういう相手に本の丸写しなんか提出したものなら
「あぁ、○○の△△ページに出てたやつね」とか一瞬でばれちゃうのは想像できるよね。
ついでにいうと、たぶん親切心でそうしているとは思うけれど、
ネット上にたくさん存在する
「自由研究にはこんな事をやるとよいですよ」
という類の記事というのは、自由研究の本来の意味からすると
あまりオススメできるものではありません…。
自分で課題を見つけることが大事なのに、逆に足を引っ張ってます。
もちろん「何をしたらいいか教えてください」なんて聞く方が悪いんだけど、
だからといって、それに対して「じゃ、こうしたら」って教えてしまうのも、ちょっと迂闊な気がします。
中にはしっかりと「こういうことは自分で決める物」というアドバイスもあって
ちょっとホッとしますが、世の中的には、まだまだ理解はされていないみたい…。
3,せっかく自由なんだから、自分のために勉強しよう ~ 困っていること、気になることを解決しよう
何をするかは、人に頼らず自分で決める、ということがわかったので
こうなったら、あとは一生懸命考えてやるだけです。
と、そこでよくある意見
「理科の実験・観察なんて、自分では思いつかないし、どうしていいかわからない」
…え?
「理科の実験・観察をやりなさい」って、だれかに言われたんですか?
こう言うと、すかさず反論されそうですね
「理科の自由研究なんだから、理科の実験とかをやるんじゃないんですか」
…あの、はじめから「自由」研究って言ってるはずなんですけど。
もちろん宿題自体はやらなくちゃいけませんが
(「やる・やらない」まで自由なわけではない)
何をテーマに研究するかは自由なんですよ。
自分から自由を制限しちゃうのは、あまりにもったいないですよ。
極端に言えば、勉強と全然関係ないことだってかまわない。
せっかくだから
自分が日ごろ気になっていて、解決したいと思っていることをテーマにしたらどうですか?
宿題もクリアできて、悩みも解決して一石二鳥ですよ。
私が担任の先生だったら、むしろそういうテーマの研究の方が、応用力があっていいなと感じます。
ただし、テーマを決めるとき注意しなきゃいけないことが3つある
1つめは、テーマはゴールが見える程度に絞り込まなくてはいけないということ。
「ゴールが見える」というのは、どうなったらその問題を解決したといえるのかがハッキリしているということです。
たとえば、
「A」というゲームソフトで遊びたいけど、ソフトを買うにはお金が足りない
という状況を解決することにしましょう。
「自由」研究なんだから、こういうことを研究対象にしたっていいわけです。やや極端だけど。
「親におねだりして買ってもらう」と思った人…
間違いじゃないけど、それじゃ研究としてはおもしろくない。
だって、まず第一に、ちょっと考えると、ほかにも解決方法はいくらでもあるでしょう。
(1)「買う」
・おねだりして買ってもらう
・おねだりして不足分のお金を出してもらう
・小遣いの値上げを要求して、足りない分のお金を手に入れる
・アルバイトなどでお金を稼ぐ
・商品券やクーポン券の当たる懸賞に応募して、当選金で買う
・ネット通販やオークションなどで、安く買える方法を調べる
・中古品が出回っていないか調べる
(2)「買わずに手に入れる」
・イベント(誕生日など)にこじつけてプレゼントしてもらう
・ソフトがもらえる懸賞に応募する
・製品モニターに応募して試供品を手に入れる
・遊び終わった友達と、手持ちのソフトを交換する
(3)「遊べさえすればいい」
・持っている友達に借りる
・おもちゃ売り場の展示品でお試しプレイをする
(4)「ものの見方を変える」
・友達の家でプレイを見せてもらう
・資料を眺めて気分だけでも味わう
・シリーズものなら前作をプレイして気持ちを整理する
・本当にそのソフトで遊ぶ必要があるのかもう一度よく考える
・いさぎよくあきらめる
始めに思いついたことにすぐ飛びつくのではなく、まずはいろいろな可能性を探ってみてください。
普段ゲームをしない私でも、上に書いた程度のことは思いつきますよ。
こうしていろいろなアイデアを出してから、その中で有望そうなものを一つ選ぶようにすると解決法がハッキリしてきます。
それから、
仮に、やっぱり「親におねだりして買ってもらう」を選ぶことにしたとします。
それにしても、おねだりのしかたには、それこそ無数に方法があるでしょう。
それについてもよく検討していくとより具体的なテーマになります。
というわけで、こんなテーマ(↓)を考えてみましたがどうでしょうか?
ゲームソフトAおねだり作戦
~テストの成績などの条件を提示せずに、不足分のお金を親に出してもらうための交渉術~
まずはじめの状況として、ある程度のお金は持っていて、
「足りない分のお金を親に払ってもらってゲームソフトAを買う」というのがこの場合のゴールになります。
そして、交渉の条件として「次のテストがんばるから」みたいなことは言わないという制約があります。
さぁ、どうする!?
気付いた人もいると思うけど、この問題を解決すること自体がなんだかゲームみたいでしょ。
なんだか、おもしろそうだと思いませんか?
「おもしろそうだ」と思えてきたら、もう解決したも同然。自分でどんどん進められるから。
というより、ここまで来たらもう「自由研究なんてイヤだ」という気分じゃなくて
勉強とは別な楽しいことをやっている気分になってきませんか?
…ならない? あ、そう。
じゃ、次。
2つめは、テーマは自由でも、解決法は科学的(論理的)でなければならないということ。
「論理的」というと難しく感じるかもしれませんが
言い換えると「しっかりと筋が通っている」ということです。
全体としては、よくある研究の手順をふんで
①解決すべき事は何で【目的】
②それを解決する方法はどうで【仮説】
③試した結果はどうなって【検証】
④結局最後はどう考えたのか【考察・結論】
という構成になっていること(場合によっては多少項目は違います)
細かなことでは「事実」と「意見」をごちゃ混ぜにしないこと。
身近にいい例がなかったので
最近の我が家の話題でもある「車の買い換え」で説明すると…
(状況は、2つの候補「ミニバンB」と「コンパクトカーC」のどっちがいいかを夫婦で話してる)
ア「ミニバンは広くて経済的で子連れの家庭には適しているんじゃないかな」…これは意見。
イ「購入候補のミニバンBの室内長は2m80cm、維持費はガソリン代○○円、タイヤ代△△円、自動車税□□円、駐車料金◇◇円、保険料▽▽円、車検手数料+整備費××円で、年間◎◎円」…これは事実。
アとイの違いは、アが個人的な思い込みが入っているのに対して、イでは誰が調べたって同じ結果が出るところ。研究を進めるときには、イのような事実を積み重ねていって、最終意見として結論が出るようにすると、思い込みや偏りのないまとめになっていいです。
蛇足だけど、現実には、たぶん多くの人がアのところで考えるのをやめちゃってミニバンを買うんだろうね…。
とにかく、事実としてのデータをまとめておくと、他との比較もできるし、適切な判断ができるので心得ておきましょう。(比較と判断の様子は最後に「おまけ」でつけておきます。興味があったらどうぞ。)
3つめは、やりっ放しではなく、まとめとしての自分の意見を述べなくてはいけないということ。
別な言い方をすると、いわゆる「調べ学習」は、自由研究に求められている条件を全然満たしていない、ということ。
ここまで読めばさすがに「『自由研究の本に出ている実験をそのままやって終わり』じゃダメだ」ということがわかってきたとは思うけど、念のために書いておきます。
実際のところ、いくら説明しても、ここのところをどうしても理解できない人がかなりいて、私自身は悩んでいるのですが…
「○○について調べました」といって、本やインターネットの記事を写して来る人がいるんだけど
すでにある答えをどっかから見つけてくるのは「調べる」とは言わないんですよ。だってそれ他人の意見でしょ。自分は全然考えてない。あえて言葉を当てはめるなら、そういうのは「見つける」かな。
「調べる」と「見つける」は違う。
自由研究で言う「調べる」っていうのは、2つめの注意のところで書いたように、
・問題を解決するために
・方法を考えて(このことを「仮説を立てる」といいます)
・実際に試してみて(この段階を「仮説を検証する」といいます)
・その結果から解決策をまとめる(これを「考察する」といいます)
という手順で考えを進めること。
だから、「調べ学習」で本当に求められているのは、見つけてきた資料の質や量じゃなくて、それをどう使いこなしてどんな意見を作り上げたかということなのです。
そして、そのためには繰り返しになるけど、どんなテーマにするのかというのがとても大事。
(そういう目で見ると、学校でやってる「調べ学習」も、たいていはただの「見つけ学習」だったりする。こういうことに時間かけても、多少ネットの検索スピードは速まるかもしれないけど、考える力はあまり身につかない。残念ながら。)
それに、自由研究で「見つけ学習」しちゃう人ってたいてい、キーワードにヒットした物をいくつかチラ見して、よくまとまっていそうなのを1個選んで写しておしまい…なんじゃない?
そうして選んだ1個が、もし個人的な意見を書いただけのいい加減な内容だったら…とかいうことはまず考えないでしょ。
で、結局最後に
「初めて環境問題について調べたけど、いろんな事がわかった。自分も地球のために資源を無駄にしないよう気をつけたい。」
とか、別にわざわざインターネット見なくても思いつけるような感想書いて「できた!」と思ってる。(本心ではないにしても)
これがもし、地球温暖化について調べたとして
ほんと徹底的にすみずみまで検索しているうちに、全く正反対の意見を両方読むことになって
「同じ問題に対しても色々な意見があるものだな」ということに気付いたり
「節約することが解決策だと思っていたけど、もっと大きな規模で世の中を変える努力が必要なんだな」と考えを改めたりしたというのなら、それはそれで実りある研究になるとは思うけど。
以上、長いし、あちこち横道にそれるし、結局何をやったらいいのかは教えなかったけど、
自分が成長するために、どんな風に宿題と向き合えばいいのかを、ちょっとでも考えるきっかけになってくれたら、と思っています。
最後にもう一度ポイントを書いておきます。
1,自由研究とは、自分自身の問題を解決するための訓練
2,だから、問題自体は人に教えてもらうことはできない
3,気になること、解決したいと思っていることをテーマにすると楽しいし考える力が身に付く
では、皆さんの健闘を心からお祈りします。
有意義な休みを過ごしてくださいね。
おまけ:我が家の車買い換えの結末…(興味のない人は、とばしてかまいません)
で、結局「ミニバンB」と「コンパクトカーC」のどっちにしたのか…?
そんなこと気になる人はいないと思うけど紹介しておきます。
(夫)「ミニバンBの広さと費用が出たので、同じようにもう一つの候補コンパクトカーCもデータを調べたよ」
(妻)「で、どうだった?」
(夫)「うん、意外な結果になったよ。コンパクトカーCは室内長が2m55cm、維持費はガソリン代が●●円、タイヤ代▲▲円…(以下略)」
(妻)「へぇ、そんなに違うんだ。ミニバンてお金がかかるんだね。」
(夫)「車体が大きいと燃費は悪くなるし、タイヤの減りも早い。タイヤ自体の値段も高いしね。もちろん税金だって高い。今なら買うときにエコカー減税で多少は値引きになるけど、それはコンパクトカーだって同じ事だから全然メリットじゃないんだ。」
(妻)「みんなが言っているほど経済的じゃないんだ…でも広さはどう?」
(夫)「そこは考え方次第だけど、5人乗りのCに比べて、Bは8人乗りなのに25cmしか大きくないよ。25cmというと、折り込みチラシの縦幅くらい。その中に3人多く乗るんだな。」
(妻)「んー、狭い。普段乗るのは4人だからといってイスを大きいのと付け替えられる訳じゃないから、無駄に空間だけが余ることになるのか…。8人乗り必要ないかな。」
(夫)「一応ここに、B・Cそれぞれの座席に、身長の同じモデルさんが座ったところの写真があるんだけど、Bはこんなに膝が浮いてる。Cではそんなことはないし、天井にも拳2個分以上ゆとりがあるよ。」
(妻)「そんな写真まで用意して、結構ヒマだよね。」
(夫)「う…いやまあ、それだけ真剣と言うことで。」
(妻)「でも、これだけ証拠がそろうと、もうCで決まりかな、という気はするね。」
(夫)「ほかにも、操作性とか乗り心地とか、いろいろ確かめたいこともあるから、次の休みに両方を試乗して、そこで結論を出そう。」
※結局、試乗も含めて考えた結果、我が家ではコンパクトカーC(フィアット・グランデプントというイタリアの小型車です)を買いました。座席が広くゆったりとして、小さいからすいすい走って疲れにくいし、4人家族が荷物を積んで旅行に出かけるにはもってこいです。そして何より無駄のないデザインが自分好み。一方、「ミニバン」というジャンルの車は、車が持ってる能力のうちの大半を、人と荷物を詰め込むことに振り向けているから、操作性とか運動性といった車としての性能が低くなるのはある程度必然なわけです。車としての能力はそのままに、人と荷物がたくさん積めるようになっているわけじゃあない。世間が押しつける「常識」なんて結構いい加減なもの。みんなも周りの空気に惑わされることなく自分のことは自分でよく考えましょうね。
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